ビデオゲームの不思議な暴力性、パート2b、「ビデオゲームのメタ」

モデルが示すように、あらゆるビデオゲーム、もしくはあらゆるゲームのメタの形成は、メタ向上のための一貫した意欲としての変化する報酬方法論への順応性、それとどう報酬にたどり着くかというルールに常に精通しているか次第である。 「フラワー(Flower)」のようなゲームの場合、報酬は同一、静的、視覚的なメディアイベントに限られている。しかし、シューティングゲームやバトルフィールド4などのような他のゲームは、報酬を達成するためにより高レベルの継続的な参加を必要とし、報酬構造が、はるかに複雑である[3]。

これは、そのメタの創造に対するゲームのグラフィック面(ビデオゲームの「映像」)の重要性、がシリーズによってかなり異なることを意味している。マインクラフト(Minecraft)のようなビデオゲームは、シングルでもマルチプレイでもプレーできる非常に複雑な報酬方法に重視しており、視覚的な美学にあまり重きを置いていない(下のビデオ参照)。しかし、計画報酬が視覚的イベントで表現された「フラワー(Flower)」のようなゲームでも、報酬システムの複雑さのレベルとメタ知識構造の複雑さのレベルの間の相関関係は明らかであり、これらのいずれも、そのゲームの視覚的美学に依存する必要はない。

それ故、明らかにメディアコンテンツがビデオゲームの機能を果たしながらも、それは必ずしもどれくらい現に進行しているかを決めるメタ形成の動機付けやメタ形成の重要性につながるとは限らないことは確かだ。バトルフィールド4のようなゲームの場合、ビジュアルコンテンツの使用はゲームの主目的を果たすために不可欠だが美的要素としてのみである。つまり、視覚メディアと報酬の達成の間の関係は表面的なものだ。したがってそれは不可欠だが重要性は低い。

メタの最終的な側面と報酬達成するための方法論としてのメタの形成は、特に没頭のレベルや種類においてのテレビや映画のような受動的なメディアと、ビデオゲームの間の最も説得力のある特徴を表す。従来の映画や(あまり「実験的」と呼ばれていない)テレビ番組は、視聴者を惹きつけるために視覚的な美しさを強調しなければならない。その上、すべての映画やテレビ番組は、次第に変化のない、予測可能なものになる。こうして、繰り返し映画を見た後、何度もその内容を見直すと、またさらに予測可能なものになる。これは明らかにビデオゲーム、特にオンラインのマルチプレイに特集したビデオゲームには当てはまらない。 ハイブロードバンドホームネットワークの到来以来、ビデオゲームのメタは、二つの非常に異なる体験から成っているいるに違いない、一つはプログラム上、(「キャンペーン」モードとしても知られる)「シングルプレイヤー」と、もう一つは視覚と音声の両方で二人以上のプレイヤーがリアルタイムで一緒にプレイする「マルチプレイヤー」。このようなかなり予測不可能な環境において、メタは報酬システムのみならず、他の人間のプレイヤーの侵入活性に依存している(下のビデオ参照)。


そのため、マインクラフト(Minecraft)やバトルフィールド4(Battlefield 4)のようなビデオゲームにおいて、思い通りの報酬を達成するには、他のプレイヤーのメタの影響を直接受ける。この現象は、一般的にゲームに関して存在し、映画やテレビに関しては当てはまらない。従ってビデオゲームのメタは、そのゲームの原点を反映する競争的知識構造を示す。このように、その種類と、映画やテレビの視聴において同等の機能や方法がない、時にかなり複雑な報酬システムに関わる進行程度の明らかな違いを認識することにより、ビデオゲームと映画やテレビ等の視覚メディア関連の形態を区別する[4]。

ビデオゲームの不思議な暴力性パート1において、我々は、反暴力的ビデオゲーム論の基礎である臨床および理論的モデルを説明した。また、我々は医療研究者がビデオゲームでの仮想化活動に対してのリテラル攻撃やリテラル暴力の定義をどう適用したかを示した。そうすることで、研究者は暴力的な描写を含むすべてのビデオゲームを「暴力的メディア」として、再定義しようと努めた。

上記のパート2aでは、いわゆる「暴力的」ゲームを含むビデオゲームは一般的攻撃モデル(General Aggression Model(GAM))のように、自律的な行動を変える、報酬ベースの強化学習モデル(RL)を使用すると説明した。一般的攻撃モデル(GAM)とは対照的に、ゲームにおける学習モデル(RL)は、競争力の高い目標のはっきりした知識構造、そして現実および仮想環境に自然に応用される。 このように、暴力的ビデオゲームに応用される際、学習モデル(RL)は、従来のメディアとの関係はあまり重要視せず、それらを競争力の高い、目標指向型のイベントとして置き換える。従って、攻撃的の定義を、一見暴力的に見えるが実は報酬ベースの行動へと発展させることになる。

このように、暴力的ビデオゲームに応用される際、学習モデル(RL)は、従来のメディアとの関係はあまり重要視せず、それらを競争力の高い、目標指向型のイベントとして置き換える。従って、攻撃的の定義を、一見暴力的に見えるが実は報酬ベースの行動へと発展させることになる。この概念をより把握するために、表現において攻撃的、または暴力的だが、根底にある動機は非暴力的な全ての競争力の高い行動として、「競争的攻撃」という用語を提案した。

最後に、パート2bでは、我々はゲームのメタの起源と機能を定義した。メタは目標を達成するための単なる戦略と言うよりも、主目的を達成する上で、そのゲームの経験上のあらゆる知識の寄せ集めにより、より上達し、効率的になる。メタ作成の根本的な理由を与える報酬システムの評価、および再評価は、このプロセスに含まれる。

ビデオゲームと、映画やテレビなど大部分が中身のない受動的なメディアとの関係を明らかにするのは、メタを形成し、維持するこのプロセスである。これにより、メタの構成はほとんど見た目の美しさに依存しないことを意味する。例えば、ビデオゲームシリーズのゴッドオブウォー(GOD of WAR)のメインキャラクター、クレイトスは敵を倒すために様々な剣と他の武器、もしくはミルクのつぼを使用することができる、メタの主目的は同じである(see video below下のビデオを参照)。

参加を促す行動へ影響を与えるビデオゲームの映像要素への表面的な依存は、従来のメディアに対して非実用的で誤解を与える例になる。よって、消費の評価において、この二つを等しいものとして比べるのは問題がある。それにもかかわらず、過去20年間医学研究はこれを行ってきた。このように、暴力的描写のあるビデオゲームの暴力メディアとしての間違った位置付けは、ゲームの基本的本質を無視し、視覚的な美学の重要性を強調し過ぎ、リテラルと仮想暴力の定義を混乱させ、最終的にすべての競争力、認識運動の中心にある、複雑な行動アルゴリズムを認識できなくする。 これらの理由によって、我々BOOM Saladはビデオゲームのこのジャンル(暴力的描写のあるビデオゲーム)とそれに伴う行動についての医学研究者たちの結論は誤ったもの、そして、おそらく誤解を招くものであろうと信じる。少なくとも、彼らの結論は不十分であり、それ故に結論には達していないと言える。 最終の、ビデオゲームの不思議な暴力性パート3では、BOOM Saladは現実と仮想両方における暴力性や攻撃性と、共に存在する同情や社交的な部分のジャンルの過度の単純化を示すものとしての「暴力的ビデオゲーム」の分類について分析する。つまり、プレイヤーと関連する暴力や騒乱に加え、報酬構造が与えるプレイヤー間の同情、社交的行動の存在について分析する。来月までお楽しみに!

(Translation by Anna Bissell)


 

[1] 行動スクリプトの目的と形成についての詳細は「ビデオゲームの不思議な暴力性パート1」を参照; http://www.boomsalad.com/articles-archive/uvv-part1/.

[2] 強化学習モデル(Reinforcement Learning)参照; http://ishiilab.jp/kyoto/en/research/reinforcement-learning.

[3] バトルフィールド4(Battlefield 4)のようなゲームに存在する報酬方法論の詳細は「僕の部屋の円形刑務所パート1、パート2(The Panopticon in My Bedroom: Part I and II)」参照; http://www.boomsalad.com/articles-archive/panopticon/.

[4] マシュービンセントP医師(Dr. Vincent P. Matthews) 2015年6月11日12:04.

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